止まらない咳
たかが咳、されど咳。風邪による軽い咳から、他の原因を疑うような辛い咳まで幅広い咳を呼吸器内科医は経験します。このページをご覧になっている方はきっと後者の咳で困ってる人かと思います。咳は1回するごとに2カロリー消費すると言われています。3,4回するだけで一曲歌うのと同じくらい、10回すると10分散歩するくらいの体力を消費します。さらに咳は、他の人に移す可能性もあり人の目も気になるかと思います。
咳で困ってる人は、
- そもそも咳はなんで出るんだろう?
- 咳はどんな種類があるんだろう?
- 咳を止めるにはどうしたらいいんだろう?
など様々な疑問があると思います。ここでは咳が出る原因を中心に、止まらない咳について解説していこうと思います。
咳のメカニズム
咳が出るメカニズムですが、空気の通り道(上気道、下気道)に何か異物や刺激を体の外に出そうとする防御反応なのです。喉や気管支、肺などに異物や刺激があることで、受容体(センサー)が異常を感じ取ると、脳の咳中枢に連絡します。脳が感じると今度は呼吸筋や横隔膜に指令を出し、咳をすることで外に出そうとします。この一連の流れを咳反射と言います。反射とは特定の刺激に対して、意識することなく反応する行動です。逆に言えば意識しても反射は止めらない行為なのです。
なぜこのような咳反射が起きるかというと、何か息の通り道に異常があるよと教えてくれる警報器および、炎症や異物を鎮静する消火器の役割を咳は担っていると考えていただければと思います。
咳の原因について
息の通り道には、大きく分けて上気道と下気道があります。上気道は咽頭や喉頭、声帯などが含まれており一般的に喉と言われている部分です。下気道は、気管支や肺などが含まれます。
上気道の原因としては
- 咽頭炎・喉頭炎→喉にばい菌があることで外に出そうとする咳です。
- 後鼻漏→鼻水が上から落ちてきて、のどに張り付くことで外に出そうとする咳です。
- 声帯や喉頭部ポリープ→異物があることで刺激になり続けて咳が出ます。
- 逆流性食道炎→胃液が逆流することで喉が火傷して刺激になる咳です。
一方下気道の原因としては
- 気管支炎・肺炎→気管支や肺にばい菌がいることで外に出そうとする咳です。
- 気管支喘息・咳喘息→アレルギーなどの刺激があることで咳が出る病気です。
- 肺気腫(COPD)→タバコの煙で気管支や肺が傷ついたことが刺激になる病気です。
- 肺癌→気管支や肺を癌が圧排して刺激なって咳が出ます。
- 心不全→気管支や肺が浮腫んで刺激になる咳です。
- 間質性肺炎→様々な炎症が起き肺の間質という部分を破壊して咳が出る病気です。
この他にもたくさんの原因がありますが、大まかには上記のような原因があります。
上気道と一言でいっても上から鼻水が落ちてきたり、下から胃液が上がってきたりと色々な刺激物が原因となります。
下気道も風邪と言われる気管支炎から、アレルギーによる気管支喘息、ちょっと聞いただけで怖くなる肺癌に、あまり聞いたことないような間質性肺炎など様々な原因があります。
患者様に、『どこから咳が出てる?』と聞くと『喉から』や『胸から』などご自身で実感されている人も多いです。このように咳と言っても一概に一つの原因ではないので、呼吸器内科医は常にどのような疾患が考えられるかを問診や検査から絞って治療していくことになります。
咳の種類について
止まらない咳で検索している方にも色々な種類の咳がいます。まず大きく分けて
- 急に出てきてかなり激しく、生活するのも苦しい咳
- なかなか治らなくて数週間、数か月続く咳
の2つがあると思います。実はこの2つは全く違う咳と我々呼吸器内科は考えることが多いです。
咳は持続時間から
- 3週間以内の咳を急性咳嗽
- 3週間以上8週未満継続する咳を遷延性咳嗽
- 8週間以上持続する慢性咳嗽
に分類されます。
この急性咳嗽の原因となるものは先ほど説明した中で
- 咽頭炎
- 気管支炎
- 肺炎
など感染によるものが主に原因と考えられております。
一方で持続する慢性咳嗽は
- 咳喘息/気管支喘息
- 逆流性食道炎
- 肺癌
など感染症以外の可能性を疑うことが多いです。感染症だとしてもマイコプラズマや百日咳など特殊な感染を考慮します。場合によっては結核など他の人に高確率で移してしまう厄介な病気が考えられます。
さらに痰がでるかどうかも重要な所見になります。痰も異物として咳と一緒に外に出されようとします。
- 痰を伴う咳を湿性咳嗽
- 痰を伴わない咳を乾性咳嗽
といいます。湿性咳嗽の代表的な病気は
- 後鼻漏
- 気管支炎や肺炎
などが考えられます。一方で乾性咳嗽の代表的な病気は
- 逆流性食道炎
- 喉頭や声帯ポリープ
- 間質性肺炎
などが挙げられます。このように患者様の情報一つ一つから病気が絞られてくるのです。
しかし必ずしも決め打ちはできません。
感染症でもマイコプラズマ肺炎や百日咳など痰を伴わない感染症の咳もありますし、
後鼻漏に合併して気管支喘息や咳喘息があったなど病気が二つ以上あることも多々あります。様々なケースを想定しながら咳の原因を考えていくことが重要になります。
止まらない咳の治療は?
ここまで読んだ人の多くが、きっとこの答えを欲しがると思います。
『どうやったらこの辛い咳を止めることができるの?』
しかしここまで書いてあったことをぜひ思い出してください。
咳はそもそも、異物や刺激があることで起こる反射です。つまり体の中に何か異常が起こってるという警報器がなっているのです。
市販薬や我々が良く処方する咳止めといわれるものは、作用の違いはあれ、大体は気管支や肺の受容体や、脳の咳中枢に働きかけて、咳の反射を阻害するお薬になります。いうなれば、『警報機がなっているけど、原因は分からないままオフにしちゃえ』という乱暴な治療ともいえます。決して咳止めは、どんな咳の原因に対しても効果がある万能薬ではなく、あくまでも症状を誤魔化す止まりなのです。
そのため咳→咳止めという考え方が本当に良いか考えなければなりません。そこで重要になるのが、急性咳嗽か慢性咳嗽かです。
急に出てきた激しい急性咳嗽の原因の大部分がばい菌による咳です。そのため激しい咳の場合は、まず検査より優先して応急処置として咳止めを飲むのは、やむをえないこともあります。
一方で問題なのが慢性咳嗽で咳止めを飲み続けている人です。これは警報器が鳴り続けているのを、原因不明なままオフにし続けているということになります。慢性咳嗽は先ほど挙げたように感染症以外の病気も考慮していく必要があります。気管支喘息や咳喘息などのアレルギー疾患はアレルギーの炎症を止めるお薬を投与しないといつまでたっても治らないことが多いです。逆流性食道炎なども胃液を止めるお薬を投与しないと止まりません。
場合によっては肺癌や結核、間質性肺炎など命に係わる病気も考慮しなくてはいけません。
このように慢性咳嗽は原因によって治療が多岐にわたりますし、場合によっては手遅れになることも少なくなりません。
そのため、急性咳嗽の方も肺炎など鑑別のためにぜひ受診をして欲しいですが、慢性咳嗽の人は特に呼吸器内科受診をしてほしいと切に願います。しっかりと問診と検査から病態を特定して治療していくことで、咳の原因の根本的な解決につながります。
原因をしっかり検査しないで、推定で色々な薬を投与されて治らなかった場合
- 診断があっていてるが治療が不十分か
- 診断がそもそも間違っていて違う薬を投与すべきか
治療後の方は特に我々呼吸器内科は悩みながら治療することになるので、患者様にご負担をかけることが多いです。ぜひ、体が教えてくれる咳に耳を傾け呼吸器内科で原因を精査していただければと思います。原因が分かって初めて個々の病態に応じて治療を行うが咳に対してベストな治療といえますし、止まらない咳を治す一番の近道になります。